板チョコの原料は、もとをたどればカカオの木になる果実の種です。そのままかじっても、チョコレートの味はまったくしません。むしろ強い渋みと苦みがあるだけです。

では、あの香りと口どけはどの工程で生まれているのでしょうか。

答えを先に言うと、香りの土台は農園での「発酵」で作られ、工場の「焙煎」で完成します。そして口どけは「コンチング」と「テンパリング」という2つの工程が決めています。

この記事では、カカオ豆が板チョコになるまでの全工程を、それぞれの工程が何を担当しているのかという視点で追いかけます。

【全体像】チョコレートができるまでの11工程

場所 工程 何のために
農園 ① 収穫 カカオポッドから豆を取り出す
発酵 香りのもとを作る(最重要)
③ 乾燥 輸送できる状態にする
工場 ④ 選別・洗浄 異物や不良豆を除く
焙煎 香りを発現させる
⑥ 分離 外皮を取り、カカオニブにする
⑦ 磨砕 すりつぶしてカカオマスに
⑧ 混合 砂糖・ミルクなどを配合する
⑨ 微粒化 ざらつきをなくす
コンチング なめらかさと風味を仕上げる
テンパリング・成形 口どけとツヤを決める

農園での工程 — 実は、ここで味の8割が決まる

① 収穫 — カカオの実は幹に直接なる

カカオの実(カカオポッド)は、枝先ではなく幹や太い枝から直接生えます。ラグビーボールのような形で、長さは20〜30cmほど。

栽培できるのは赤道をはさんだ南北20度ほどの「カカオベルト」と呼ばれる地域に限られます。高温多湿で、直射日光を嫌うという条件が必要なためです。

収穫はほぼすべて手作業です。同じ木でも実の熟し方がばらばらで、機械では判断できません。ポッドを割ると、白い果肉(パルプ)に包まれた豆が30〜50粒ほど入っています。

② 発酵 — チョコの香りは、ここで仕込まれる

この工程がなければ、チョコレートは生まれません。
発酵していないカカオ豆をどれだけ丁寧に焙煎しても、チョコレートの香りは出てきません。渋くて青臭いだけの豆になります。

取り出した豆を、パルプごと木箱に積んだりバナナの葉で覆ったりして5〜7日ほど置きます。すると、パルプの糖分を栄養にして微生物が働き始めます。

  1. 酵母がパルプの糖をアルコールに変える
  2. 乳酸菌・酢酸菌が続いて働き、アルコールが酢酸に変わる
  3. このとき発酵熱で50℃前後まで温度が上がる
  4. 熱と酢酸が豆の内部に浸透し、種子の発芽能力が失われる

ここからが本題です。種子が死ぬことで細胞の仕切りが壊れ、内部の酵素と成分が混ざり合います。その結果、豆の中で次の変化が起こります。

  • タンパク質が分解されてアミノ酸やペプチドになる
  • 渋みのもとであるポリフェノールが減少する
  • 糖の一部が分解され、還元糖が生じる

このとき生まれたアミノ酸と還元糖こそが、「香りの前駆物質」です。まだ香りではありません。次の焙煎で反応させるための材料が、農園で仕込まれているわけです。

③ 乾燥 — 60%の水分を7%まで落とす

発酵を終えた豆は水分を多く含み、そのままではカビてしまいます。天日や乾燥機で1〜2週間かけて水分を7%前後まで下げます

急ぎすぎると発酵で生じた酸が抜けきらず、酸味の強い豆になります。ゆっくりすぎればカビる。この加減が産地の技術であり、同じ品種でも味が変わる理由のひとつです。

ここまでが生産国での作業です。乾燥した豆は麻袋に詰められ、日本などの消費国へ運ばれます。

工場での工程 — 香りを引き出し、口どけを作る

④ 選別・洗浄

届いた豆から、石や金属片、割れた豆、発酵不良の豆などを取り除きます。地味ですが、不良豆が混ざると全体の風味が落ちるため重要な工程です。

⑤ 焙煎(ロースト) — ここで初めて「チョコの香り」になる

焙煎で起きているのは「メイラード反応」です。
発酵で作られたアミノ酸還元糖が、加熱によって反応し、数百種類ともいわれる香り成分を生み出します。パンが焼けるときや、肉に焼き色がつくときと同じ反応です。

温度はおよそ120〜150℃。低めに焙煎すればカカオ豆本来の果実的な酸味や香りが残り、高めにすれば香ばしくどっしりした風味になります。

「農園の発酵で材料を仕込み、工場の焙煎で香りに変える」——チョコレートの香りは、この2工程の連携で生まれています。

⑥ 分離(ウィノーイング) — カカオニブを取り出す

焙煎した豆を粗く砕き、風で軽い外皮(ハスク)を吹き飛ばします。残った胚乳の部分がカカオニブです。最近は、このニブ自体をそのまま食べる商品も見かけます。

⑦ 磨砕(グラインディング) — 固体が液体になる

カカオニブをすりつぶすと、どろりとした液体になります。粉にならないのは、ニブに50%以上の脂肪分(ココアバター)が含まれているためです。すりつぶす摩擦熱でこの脂肪が溶け出し、全体が流動性を持ちます。

これがカカオマスです。砂糖を一切加えていない、100%カカオの状態にあたります。

ここで道が分かれます
カカオマスを圧搾すると、油分のココアバターと、搾りかすのココアパウダーに分離できます。ココアバターはチョコレートの口どけを作るために再び使われ、ココアパウダーは飲料や製菓材料になります。ホワイトチョコレートは、カカオマスを使わずココアバターだけで作るため白い色をしています。

⑧ 混合 — レシピが決まる

カカオマスに、砂糖・ココアバター・粉乳などを配合します。この配合比がビター・ミルク・ダークといった種類の違いになります。

⑨ 微粒化(レファイニング) — 20マイクロメートルの壁

混ぜただけでは、砂糖やカカオの粒がざらつきます。ローラーにかけて粒子を20マイクロメートル(0.02mm)以下まで細かくします。

この数字には理由があります。人の舌は、およそ20マイクロメートルを超える粒をざらつきとして感じ取るとされているためです。なめらかなチョコレートとは、舌が粒を感知できない状態を指しています。

⑩ コンチング — ひたすら練る

1879年、スイスのロドルフ・リンツが発明したとされる工程です。リンツ(Lindt)というブランド名は、この人物に由来します。

チョコレートを数時間から、長いものでは数十時間かけて練り続けます。この間に3つのことが起こります。

  1. 不要な香りが飛ぶ — 発酵由来の酢酸や余分な水分が揮発し、角の取れた味になる
  2. 粒子が油脂で包まれる — 一粒一粒がココアバターにコーティングされ、流動性が生まれる
  3. 香りが調和する — 反応が進み、まとまりのある風味になる

コンチングの発明以前、チョコレートはざらついた食べ物でした。「口どけのよいチョコレート」は、この工程が生み出した比較的新しい体験です。

⑪ テンパリング — 結晶の形をそろえる

最後の関門です。溶かしたチョコレートをそのまま冷やして固めると、表面が白っぽくなり、ぼそぼそした食感になってしまいます。

原因はココアバターの結晶にあります。
ココアバターは冷え方によって複数の異なる結晶の形をとります。そのうち、安定していて口どけがよく、ツヤが出るのは特定の型(V型)だけです。
テンパリングとは、温度を上げ下げして、この望ましい結晶だけを残す作業です。

手順はおおむね次の通りです。

  1. いったん完全に溶かす(約50℃)— すべての結晶をリセットする
  2. 冷やす(約27℃)— 結晶を作る。ただし不安定な型も混ざる
  3. 少し温める(約31℃)— 不安定な結晶だけを溶かして消す

この状態で型に流して冷やせば、パキッと割れて、口に入れると体温でさっと溶けるチョコレートになります。

市販のチョコレートを溶かして固め直すと、白っぽくなったり食感が変わったりするのは、この温度管理をしていないためです。

成形・冷却・熟成

型に流し、振動を与えて気泡を抜き、冷やして固めます。工場では、この後数日から数週間ねかせることもあります。結晶が安定し、風味が落ち着くためです。

知っておくと表示が読める用語

用語 意味
カカオマス カカオニブをすりつぶしたもの。砂糖不使用の状態
ココアバター カカオ豆の脂肪分。口どけを作る主役
カカオ分(%) カカオマスとココアバターの合計割合。70%以上が高カカオと呼ばれる
クーベルチュール ココアバターの比率が高い製菓用チョコレート。流動性が高く、コーティングに向く
ビーントゥバー 豆の選定から板チョコまでを一貫して手がける造り方。近年の世界的なトレンド

よくある質問(FAQ)

Q. カカオ豆をそのまま食べたらチョコレートの味がしますか?

A. しません。発酵・乾燥を経ていない生の豆は、強い渋みと酸味があるだけです。チョコレートの香りは、発酵と焙煎という2つの工程で初めて生まれます

Q. なぜチョコレートは口に入れると溶けるのですか?

A. 主成分のココアバターの融点が、体温よりわずかに低いためです。手の上ではなかなか溶けないのに口の中では溶ける、という絶妙な性質を持っています。この性質はほかの油脂ではなかなか再現できません。

Q. 手作りでテンパリングに失敗するとどうなりますか?

A. 固まりにくくなったり、表面が白くまだらになったり、口どけがぼそぼそになります。食べられなくなるわけではありませんが、見た目と食感が大きく変わります。

Q. カカオの産地によって味は変わりますか?

A. 変わります。品種の違いに加えて、発酵と乾燥のやり方が産地ごとに異なるためです。ワインやコーヒーと同じように、産地ごとの個性を楽しむ考え方が広まっています。

まとめ

  • チョコレートは農園(収穫・発酵・乾燥)工場(焙煎〜テンパリング)の2段階で作られる
  • 香りの土台は発酵で仕込まれる。微生物の働きで種子が死に、アミノ酸と還元糖という「香りの前駆物質」が生まれる
  • 焙煎(120〜150℃)のメイラード反応で、その前駆物質が反応して香りになる。発酵していない豆はいくら焙煎しても香らない
  • なめらかさは微粒化(20マイクロメートル以下=舌が粒を感知できない大きさ)コンチングが作る
  • 口どけとツヤはテンパリング——ココアバターの望ましい結晶(V型)だけを残す温度操作が決めている

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